テラの倉庫

マハーバーラタの訳文やまとめなどを置いておきます

【マハバ翻訳】カルナへの呪い②【KMG 12,3】

マハーバーラタの英雄カルナにかけられた呪いについて書かれている箇所を和訳しました。今回は第12巻にてナーラダ仙から語られる話です。

前の話はこちらになります↓

tera-1012.hatenablog.com

 

 

あらすじ

パラシュラーマにブラフマーストラを授けられたカルナ。師を膝枕しているところに奇怪な虫が現れ、彼の腿を貫きます。その虫はパラシュラーマの先祖に呪われたものでした。痛みを我慢していたことから嘘がばれ、カルナは武器を忘れる呪いをかけられ追い出されます。

 

 

参考文献

翻訳元

『The Mahabharata』

Krishna-Dwaipayana Vyasa, translated by Kisari Mohan Ganguli, 1883-1896

Book 12: Santi Parva, Rajadharmanusasana Parva, Section III

sacred-texts.comthe Internet Sacred Text Archiveより

 その他
  • 『The Mahābhārata』 for the first time critically edited by V. S. Sukthankar. Bhandarkar Oriental Research Institute (Poona), 1933-1966 bombay.indology.infoより
  • 『The Mahabharata』vol1~10 Translated by Bibek Debroy, Penguin Books India, 2013

 

 

 ※本文の脚注(Footnotes)は、「{注1}」で位置を示し、文末に記載しています。

※私訳にあたっての注釈は、短いもの(人名の言い換えなど)は「[〇〇]」と角括弧で記載し、長いものは はてなブログの注釈機能を用います。

※口調などにおいて、立場・状況に対する私自身の解釈が反映されております。丁寧/普通の切り換えぐらいではありますが。ご了承ください。

※正確さをこころがけておりますが、もし誤訳などがありましたら、お手数をおかけしますがコメントで具体的にご指摘いただけると幸いです。

 

 

__________

ナーラダは言った。

ブリグ族の虎(即ちラーマ[パラシュラーマ])は、カルナの武器の能力や(彼[パラシュラーマ]への)好意、自己抑制、そして師への奉仕に満足した。禁欲的な苦行を遵守するラーマは、苦行を行う弟子に、しきたりに則って、撤回するためのマントラと共にブラフマー武器に関する全てを喜んで伝えた。

その武器の知識を習得し、カルナはブリグの隠遁所で日々を幸せに過ごし始めた。そして驚くべき能力を授けられたことで、彼は大いなる情熱でもって武術に彼の身を捧げた。

ある日、偉大な知恵持つラーマが、カルナと共に彼の隠遁所や近辺を放浪したとき、彼が行った断食の結果でひどく弱った心地になった。信頼によって生じた愛情から、疲れたジャマダグニの息子は頭をカルナの膝に置き、ぐっすりと眠った。

*1がこのように彼の膝の上に(頭を置いて)寝ているとき、とても痛い咬み傷を与え、痰や脂肪、肉、血液を糧とする、恐ろしい虫がカルナに近づいた。その血を啜る虫は、カルナの腿へと近づき、突き刺し始めた。

師(を起こすこと)を恐れ、カルナは虫を放り投げることも殺すこともできなかった。その虫によって彼の足に穴が空いているにも拘らず、バーラタよ、スーリヤの息子は師を起こさぬようにと耐え忍んだ。その痛みは我慢ならないものにも拘らず、カルナは勇ましい忍耐でもって我慢した。そして少しも震えることも痛みを表すこともなく、ブリグの息子を膝で支え続けた。

ついに偉大な精力を持つラーマの体にカルナの血が触れたとき、ラーマは目覚め、恐怖からこのように言った。

「おお、私は汚されてしまった!お前は何をしているのか、恐れを捨て私に話せ、この事件の真相は何なのか!」

それからカルナは虫に噛まれたことを彼に伝えた。

ラーマは豚に似た形のその虫を見た。それは八つの足ととても鋭い歯を持ち、全てが針のように尖った針毛で覆われていた。アラルカという名で呼ばれるものの手足は(恐怖で)縮こまった。ラーマが視線を投げかけると、その虫は間も無く息絶え、自身で汲み出した血液に溶けていった。この全ては不思議なことのように思われた。

それから空に、恐ろしい外見をし、暗い色合いに赤い首、萎れた形を思わせる、雲の上に留まったラークシャサが現れた。目的を達成したラークシャサは、合掌してラーマに話しかけた。

「最高の禁欲主義者よ、あなたは私を地獄から救ってくださった!あなたに祝福あれ、私はあなたを崇めます、あなたは私を喜ばせてくださった!」

偉大な精力を持ち、強力な武力持てるジャマダグニの息子は、彼に言った。

「あなたは誰だ?そしてなぜあなたは地獄へ落ちていたのか?それについて全てを私に話してくれ。」

彼は答えた。

「かつて、私はダンシャという名の偉大なアスラでした。父よ*2、クリタの時代にて私はブリグと同世代だったのです。その賢人が心から愛する妻を、私は強奪しました。彼の呪いによって、私は虫の姿で地に堕ちました。

あなたの先祖は怒って私に言いました。

『恥知らずよ、お前には小便と痰を糧とする、地獄の生を送らせてやる』

私はそのとき彼に懇願し、言いました。

バラモンよ、この呪いはいつ終わるのでしょうか?』

ブリグは私に答えました。

『この呪いは私の血統のラーマによって終わるであろう。』

私が汚れた魂のもののようなこんな人生の道を手に入れたのはこのためです。徳高い人よ、しかしながら、あなたによって私は罪深い生から救われました。」

偉大なアスラはこのように言い、ラーマに頭を下げて、去っていった。

それからラーマは激怒しカルナに話しかけた。

「愚か者よ、こんな苦痛に耐えられるバラモンなどいない。お前の忍耐はクシャトリヤのもののようだ。恐れることなく私に真実を話せ。」

このように尋ねられたカルナは、呪われることを恐れ、彼を満足させようとこのように言った。

「ブリグ族のあなたよ、私は、バラモンクシャトリヤの混合から生じた人種である、スータであることをお含みおきください。人々は私をラーダーの息子カルナと呼びます。

ブリグ族のあなたよ、武器の取得という欲望から行動した、私の哀れな私欲をお赦しください。

ヴェーダと他の知識において尊敬すべき師は、その者の父であります。このことは疑いようもありません。私があなた自身の民族の人間だとして自己紹介したのはこのためです。」

落ち込み震え、合掌し地に伏すカルナに対し、優れたるブリグ族の者は、怒りに満ちているにも拘らず微笑んで答えた。

「お前は武器への貪欲から、ここで虚偽の振る舞いをしていた。恥知らずよ、それ故にこのブラフマー武器はお前の記憶に留まることはないだろう。お前はバラモンではないのだから、お前が互角な戦士と交戦するであろうとき、このブラフマー武器は死の時までお前に本当に宿らないだろう!

ここから立ち去れ、ここはお前のような不実な振る舞いをする者のための場所ではない!もっとも、戦いでお前に匹敵するクシャトリヤは地上にいないだろう。」

このようにラーマに言われ、別れるべき義務を負い、カルナは離れた。

ドゥルヨーダナの前に到着したとき、彼はこう伝えた。

「私は全ての武器を修得したぞ!」


脚注

注1 字義通りでは、「内なる光によってお前に現れることはないだろう」 

注2 ここでの意味「この武器はお前の最期の瞬間までお前に宿ることはないだろう。お前の死が近づいたときには、お前がそれを忘れるか、それがお前の命令に応じないだろう。もっとも、他の時にはお前はそれを支配できるかもしれない。」

 

 

__________

 

カルナは、インドラに鎧を施すときにも、痛みを全く感じさせず削ぎ落とす様子がみられます。もの凄く我慢するカルナ、かっこいいですよね!

カルナの腿を貫いた虫、アラルカは、版や訳や語り手によって色々ブレがある存在です。

アラルカの正体 ナーラダ仙の語るこの話では、正体は「ブリグによって呪われた元アスラ」です。一方で、第8巻でカルナが語る話では、「インドラが化けたもの」とされています。(前者は語り手が第三者であるのに対し、後者は当事者であること、また、聖仙は他の人間の登場人物よりは一歩引いたような立場であることなどから、前者は客観的な内容であり、後者は主観が大きく入っているのではないか?と私は推測しています。)

彼の正体のアスラの名前 今回翻訳の底本としたガングリ訳では「Dansa」です。ボンベイ版とカルカッタ版およびガングリ訳を参照しているIndex to the Names in the Mahabharataでは「daṃśa」とされています。
一方で、山際訳では「ダクシャ」、プーナ版では「gṛtsa」、デブロイ訳では「praggritsa」とされています。
prāk b ind. (Lāṭy. ; KātyŚr. ) before」(Monier-Williams Sanskrit-English Dictionary より)から、「prāg(prag)」は「元〇〇」の意ではないかと推測します。

アラルカの身体的特徴 ガングリ訳での「It had eight feet and very keen teeth, ~」の記述において、私は「eight feet」を「八つの足」と解釈しています。
一方で、山際訳では同箇所であろう言葉を「体長二メートル半もある」と訳しています。1フィートは30.48センチメートル、8フィートは約2.5メートルです。これより、山際訳では「eight feet」を「8フィート」と解釈している、と思われます。
私はいくつかの辞典にあたった上で、前者の解釈をとりましたが、絶対にその解釈で間違いないとは断言できません。そのため、現在この事柄について情報を集めており、記事も書く予定です。いつになるかはわかりませんが……頑張ります。

パラシュラーマは「虚偽の振る舞い」を理由としてカルナに呪いをかけました。カーストの詐称だけでなく、パラシュラーマの同族であると偽っていたことも指しているのではないでしょうか。これにおいては、カルナがクシャトリヤかスータかということは、そこまで重要ではないように私は思います。
修行中のカルナに対するパラシュラーマの印象はよいものであったようですから、師匠に対して身分を偽るというのは、その信頼関係が崩壊してしまうほどのことだと推測しています。師のために痛みを我慢していたことが、露呈するきっかけになるというのは、やるせないものがありますね……

カルナの「師は父にも等しい」というような考えは、①のドローナに対してもみられましたね。カルナには養父アディラタがいるとはいえ、実の父親(スーリヤ)を知らないということから、父性を求めていたと考えることもできそうです。

呪いをかけられて追い出されたにも拘らず、ドゥルヨーダナに伝える言葉がとても前向きなのには、驚かされますね!そういうところ大好きですが!


第8巻でのカルナから呪いについて語られる箇所では、前述した正体の違いであったり、呪いに対するカルナの主観が伺えるので、そちらも投稿できたらいいな、と思っております!「アルジュナはとても強いが、私はそんな彼を倒す」という内容のとても長いカルナの演説も挟まっていますので……!

 

*1:原文は「White his preceptor ~」。他翻訳からWhileと判断。

*2:尊敬すべき人、くらいの意味ではないかと思われる。